今週は牧師友人執筆です

これを機会にくらしの見直しを

 奥田靖二           

コロナウイルスの世界的蔓延は私たちの暮らしぶりに大きな変化をもたらしていますが、 自粛とか、ステイホームとか、マスク、人との距離などなど窮屈さを感じさせ、 毎日が憂鬱な気分で過ごさざるを得ない状況に追い込まれています。 いろいろな社会的な活動や趣味で出かけることや、レストラン、 居酒屋で友人たちとの会話を楽しむことも入院中の家族の見舞いもままならない事態も起きました。

予定が次々中止、延期になって、時間ができたのを使って部屋の整理をやったり、 断捨離とかにも手を付けたりもするがなかなかはかどらない。

しかしこの世界規模での事態は私たちに考える時間を与えてくれています。 第一には人はこの期に及んで争いごとを続けたり、まして戦争をしているどころではない。

莫大な軍事費はすべてこの人類的難局に投じてその対策にあたるべきことを学ばねばなりません。 ミサイルも大砲も戦車も一つのウイルスさえやっつけられないのですから。 この点では憲法9条で戦争放棄、武器をもたないと決めている日本が胸を張ってせかいにいうことができるはずなのに。

第2には、これを機会にわたしたちの暮らしぶり、仕事ぶりについて考えてみることです。 より便利で楽、経済的発展を優先してきたことへの反省です。災い転じてではないですが、 新聞に挟み込まれてくる宣伝ビラも効果なし と思われたのかぐんと減ったのはいつも 「無駄」 と思っていた私にはよいことと思われ森林資源を破壊する行為にこの機会に歯止めをかけてほしいものです。

電車やバスに乗るのもずいぶん減ったおかげで交通費も節約、レストラン、 居酒屋へも行く回数が減りました。 それぞれの経営者の方には死活問題でしょうが、私たちもこの際、 生活のレベルを何十%加減走駆してもいいのではないかと見直すこともいいのではと思います。

一方、この危機に際して弱者といわれる人々へその影響が大きく表れることが明らかになっています。 これは現代の社会が力のある者、資本(つまり金をもつもの)が 「今だけ、金だけ、自分だけ」 を基本に効率的でないもの (つまり儲けにつながらないもの) を新自由主義とか自助努力だとか言って福祉、医療、 年金制度などを次々切り捨ててきた国の名による政策がこのような事態に対応できないという現実として露呈しているのです。

しかし社会保障を充実させ、医療、教育、高齢者への対策がしっかりしている国もあるわけですから 莫大な税金、ため込まれている一部の者への偏りに公正な政策で国の運営をやれば可能なことです。 世界には満足に食べられない人々、飲み水さえ安全に供給されない国が何十%もあるわけですから。

今一度地球環境、気象変動のこれから何百年かをも通しながら、 それぞれの国が自国の条件を活用しながら世界的規模で全人類の食糧問題と平和的共存可能な方策を国際的に討論し、 「自分の国ファースト」 でない対策をたてることこそ急務です。 「奪い合えば足りず、分け合えば足りる」 それだけの地球の体力はまだあるのです。

要するに善良な小学生が考えるレベルで 「どうしてみんな助け合わないの?」 からスタートすればいいのです。人類は何千年も前から宗教の教えも 「殺すな」 「助け合え」 といってきたではありませんか。 このコロナウイルスの世界的蔓延に事態がその単純なことを教えているのではないでしょうか。 今こそ歴史の教訓から学ぶことを示しているし、 きっと世界の大多数の人々が人類の英知によって困難の克服を可能にならしめると思います。

(筆者は牧師の友人で高尾金刀比羅神社宮司さん)

(2020年6月7日 週報より)


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